配属希望の方
我々の周りは、さまざまな課題を抱えています。
研究は、そういった課題への問題意識や具体的な課題設定が大事だと考えています。
まずは、自分たちが本気で取り組める課題を一緒に見つけて行きましょう。
教員からのメッセージ
1.受験生の皆さんへ
マイクロシステム実装研究室(旧人間環境モニタリング分野)は、2020年4月から6年目に入りますが、この4月に教員の所属が柏キャンパスの新領域創成科学研究科・人間環境学専攻から本郷キャンパスの工学系研究科・精密工学専攻に変わるため、研究室も柏から本郷に引っ越す予定です。(新型コロナウィルス感染症の影響により、引っ越しは学生が大学に来られるような状況になってからになります。)これを機会に研究室名称も変えますが、研究内容は、大雑把に言えば、“ウェアラブル”を含めたIoT(Internet of Things)デバイス及びその応用システムの開発であることは変わりありません。要素技術研究というよりは、何とか環境に“埋め込める”(あるいは“溶け込む”?)ようなものを作って、実証実験を通して研究を進めるというスタイルが特徴でしょうか。
研究室は柏から本郷に移動しますが、当初からの基本方針は、以下の通りで大きな変更はありません。
・両教員の前職が産業技術総合研究所(http://www.aist.go.jp/)研究員だったこともあり、研究(デバイス・プロセス開発)には、産総研のMEMS(MicroElectroMechanical Systems)製造設備を活用したいと考えています。産総研が保有するMEMS製造設備は、大手企業なども利用する世界でもトップレベルのものです。(もちろん良い道具を使っても良い研究をできるとは限りませんが、良い道具を使わないとできない研究開発もたくさんあります。)また柏の葉キャンパス駅に近い柏IIキャンパスにある産総研の研究施設には、特に”ウェアラブル”を含めたIoT(Internet of Things)デバイス“の開発に有用な設備などもあり、本郷からは少々遠くなりますが、引き続き活用して行きたいと考えています。
・国立研究所や企業の研究者との交流も有意義だと思いますので、できるだけ国のプロジェクト等に参画してもらうようにしたいと考えています。
・国立研究所や企業の研究者との交流も有意義だと思いますので、できるだけ国のプロジェクト等に参画してもらうようにしたいと考えています。
問い合わせや見学等、大歓迎です。気軽にご連絡ください。(itoh[at]pe.t.u-tokyo.ac.jp、takamatsu[at]pe.t.u-tokyo.ac.jp、[at]を@に変えて下さい。 )
2.研究室で何が学べるか?
もちろん、デバイスを開発するのに必要なものづくり技術、具体的にはMEMSプロセスや実装技術、デバイスの計測評価技術などを習得することにはなるわけですが、それらは“学ぶ”ということとは少し違う気がします。やはりIoTデバイスやらウェアラブルデバイスの開発というのを例題に、“工学的に課題を解決するというのはどういうことか?”ということを学んでほしいと思っています。そのためには、最初の企画、つまり課題の設定や段取りを考えることはかなり重要です。幸いなことに(?)、研究室には伝統的なテーマやベテランの先輩はいませんので、自由に企画することも可能です。もちろん、自由と言っても、自分が使えるリソースの中で、将来は実用化されるようなどこかにオリジナリティのある研究であることは求められます。また、計画通りにうまく行くことは稀で、失敗を重ね、論文提出直前にやっと少しだけうまくいったというようなこともしばしばです。しかし、企画や失敗を通して学んだ課題への取り組み方といったものは、将来どんな仕事をする場合にも役に立つのではないでしょうか。
では、良い企画を作るためには何が必要でしょうか。ある意味つまらない答えで申し訳ありませんが、講義や書籍で学ぶ工学・環境学の知識に他なりません。良いアイデアが欲しいのなら、イノベーションを起こしたいのなら、勉強するしかありません。ただ、世の中の膨大な知識の中で何を勉強するのかは、まさに一人ひとりの戦略ということになります。その戦略を伝授できれば、それに越したことはないのですが…
3.ディスタンシングセンシング
最近研究室では、“非接触センシング”を研究キーワードの一つにしています。これまで、畜産牛などの動物の健康状態をモニタリングするためのウェアラブルセンサーの開発を行ってきたのですが、当初の想定以上に難しいことがわかってきました。現在は、新型コロナウイルス感染症により、我々の社会も大きなダメージを受けていますが、人類にとっての新型ウイルスは、全て動物由来だと言われています。畜産動物も、鳥インフルエンザ、口蹄疫、豚コレラなど様々な感染症に何年かに一度見舞われ、大きな被害を被ってきましたし、鳥インフルエンザなどは人獣共通感染症であるため、いわゆるスペイン風邪のように大きな被害に発展する可能性もあります。現在の新型コロナウイルスでも、自分あるいは周りが症状を発見することから検査・治療などの対処が始まるわけですが、動物の場合もそれは同様で、体温や体調の変化を飼育者が発見するところから感染症の発見は始まります。つまり、動物の体温や調子をモニタリングするためのセンサは、感染症対策の意味では本来欠かせ無いものですし、生産性向上のためにも長年求められてきました。我々の研究グループでは、(有線と言うわけには行きませんから)無線体温センサくらいならそれほど苦労なく、実現できるのでは無いかと考え、牛の尻尾の付け根付近(尾根部)に装着するタイプのものの開発を7〜8年前に開始しました。しかし、情けないことに現在も農家で実用できるものは完成していません。理由はいつくかあります。実は人でも同じなのですが、皮膚に長期間直接接触させるセンサは、動物への負担という点からも(ノイズなどの)信号品質の点からも実現が難しいことがわかってきました。高度な畜産=“精密畜産”のためには、動物福祉への配慮も求められ、例えば動物のストレスなどもセンシングしたいところですが、動物に無線心電計や無線脈波計を取り付けるのはさらにハードルが高いことは言うまでもありません。そこで、最近は動物の体温や心拍を、距離をとって測定する“Distancing” センシングを試みています。体温は赤外線温度計で簡単に測れるのでは無いかと考えるかもしれませんが、体表が毛で覆われていますし、体表面の温度は環境温度などにも大きく影響を受けますので、体温計(直腸温度計)のような精度で測るためには、研究開発が必要です。また、心拍については、心音の非接触センシングを試みていますが、1 m以上といった十分に離れた距離で”きれいな“心音を測定することは未だできていません。
4.どう研究を行うか~“現場”と“異分野融合”
我々の専攻は、人が暮らす環境における諸課題(特に超高齢化社会とエネルギー)を工学的な手法で解決すべく教育研究を行うことを目的としています(と理解しています。)つまり、工学研究である以上、“使われてなんぼ”であり、自分で起業することも含めて実用化したくなるような研究でなければならないと思っています。さて、我々のIoTやウェアラブル研究も、10年くらいは取り組んでいるものの、ある程度のインパクトを持って“使われる”ようになったものは、未だ実現できていないのは反省しなければならないところですが、これからも新しく入ってこられる皆さんとともに、“しつこく”取り組んでいきたいと思っています。
私と高松先生の共通点の一つは、いずれも修士課程の時に、それまでは所属研究室でやっていなかったテーマを自らの発案で始めてしまい(?)、何だかんだ言いながらそのテーマが今につながっている(今もある意味しつこく続けている)点です。従って、学生の皆さんからの新規テーマ提案は大歓迎です。もちろん、自分で新しいテーマを始めると先輩たちが積み上げてきた研究資産が無いため、大変なのですが(もちろん時間もかかってしまうのですが)、時間がかかっても良い(博士に行きたい)という方にはそれもおすすめです。(経験上、5年くらいやっていれば新しいテーマでも何とかなります。)
しかし、我々が学生のころには余り意識しなかったのですが、テーマを立ち上げる際に、その研究成果が応用される“現場”を強く意識してほしいと考えます。できれば現場の声を常にフィードバックできるようなテーマ設定が必要です。これは実用に近いとか遠いとかいうこととは違うのですが、やはり課題の解決ということを一番優先してほしいと思っています。
そしてもう一つ大切なキーワードは異分野融合です。異分野融合からしかイノベーションは生まれないというような言葉もききますが、社会課題の多くは複数の分野にまたがる複雑な問題を含んでいます。異分野は、言語やしきたりも違うのですが、勇気をもって、それらとの境界に行けば、研究のみならず、将来何の仕事についたとしてもきっと役に立つと思います。
5.畜産動物のモニタリング研究
私(伊藤)は、もともとはMEMS(マイクロマシン)およびその実装技術といったフィールドで研究していたのですが、10年くらい前から超小型無線センサ端末の研究がどうしてもやりたくなりました。以来、鶏の健康モニタリング用センサ端末を皮切り、にいろいろなところで使う無線センサ端末を開発しながら無線センサネットワークについてずっと考えてきました。
2005年ごろ、人のパンデミックを引き起こしかねない鳥インフルエンザの発生が養鶏場で問題になっていました。我が国では、卵鶏は一つの鶏舎で平均では3~4万羽単位で飼われますが(大きな鶏舎では10万羽です)、それだけ飼っていると日常的に何羽か死んで行きますし、そもそも鳥インフルエンザの発生など考えたくないという心理も働きますので、死亡鶏数がかなり異常にならないとわからない(通報されない)という問題があり、発生の早期発見を無線センサネットワークでできたら良いのではないかと考えました。そこで、当時は縁もゆかりもなかった動物衛生研究所(現:農研機構・動物衛生研究部門)の塚本健司先生(現:麻布大学教授)を訪ねご相談したところ、先生にご興味をもっていただき実験にご協力をいただけることになりました。最初は無線センサ端末などつくったこともありませんから、市販のものを購入して鶏に取り付けようというところからはじめました。実際には、鶏に取り付けられるような大きさ・重さの無線センサ端末はほとんど市販されておらず、充電式の10g程度の加速度センサと温度センサのついた無線端末の試作品を購入して実験をすることにしました。健康な鶏数羽に数日取り付けて実験したところ、大きな問題は無さそうだということになり、フル充電した後の電池寿命も2週間程度であることがわかりましたので、感染実験を実施してみようということになりました。当時、学会でも感染時に鶏の体温や活動量がどのように変化して、いつの時点で死亡するかなどの正確なデータなどはどのウイルス株でも発表されておらず世界でもはじめての実験でした。木曜日にウイルスを接種し、金曜日の夜から土曜日の朝にかけて体温の上昇を遠隔でモニタリングできており、実験の成功を喜んでいたところ、土曜日の午前にいくつかの端末の通信が止まり始め、結局肝心なタイミングでのデータがとれないものが多数出てしまい、実験は失敗に終わりました。
講演などでは、この時に塚本先生から怒られたというような話をするのですが(塚本先生>すみません)、
実際に怒られたのではなく、怒られても当然だと思い深く反省したというのが本当のところです。原因は、端末が双方向通信可能で、再送機能があったためでした。この時使っていた2.4
GHz帯は、生体の透過性が悪いことはわかっていましたが、予備実験ではうまく行っていたため問題無いと考え、感染実験用の鶏舎では鶏の密度が増え、さらに通信環境が悪化する可能性があることを検討していませんでした。結果(おそらく)受信機側から見て複数の鶏を電波が透過しなければ通信できないような状況のときに、再送が何度も行われるため、あっという間に電池を消耗するということが起きてしまったと考えています。動物の命を犠牲にした実験であり、ウイルス接種など動物実験を担当された先生も感染リスクがゼロでは無いという、非常に貴重な実験に対して、我々の検討や準備は十分だったかと考えると今でも反省の気持ちが沸いてきます。また、先生から「(端末は)液晶TVやパソコンの値段のものなのに(実験に用いた試作端末の値段は、1台当たりでは10万円ほどで、感染実験に使った場合には使い捨てにしていました)、こんな程度の仕事しかできないのか?」と問われたときは返す言葉もありませんでした。
この反省をいかして、その後自分たちで実験用の使い捨てでも許容できる値段の端末をつくることで、安定した実験ができるようになり、いくつかの論文も発表できたのですが、このことは今の我々の研究の原点と言っても良いと思っています。
6.世界最大級のIoT実験?
あるプロジェクトで機器の消費電流がモニタリングできる無線電流センサが欲しいということになり、無線クランプメータというのを試作したのですが、これがたまたまセブンイレブンジャパンの設備担当の方の目にとまり、使ってみようということになりました。各店舗の電力をモニタリングして省エネをはかるためです。このとき、「いいねえ」と評価いただいた理由は、無線は設置コストが安いという点でした。有線でやろうとするとどうしても設置費用がかかってしまい、国内1万数千店舗すべてに入れるとなると莫大な費用がかかってしまうためです。当時、センサを導入して10%電力削減ができたとして1年で浮く費用以下で電力モニタリングシステムを入れようというような話でしたので、有線ではコスト的に無理という判断でした。さてその後いろいろあるのですが(ご興味がある方は是非コンタクトください)、結局国プロの中で、国内約2000店舗、合計17000個の無線電流センサ端末からなるモニタリングシステムを開発・導入しました。おそらく、これだけの無線センサネットワーク実験は世界最大級でしょう。目的は省エネでしたが、周囲からは、センサを入れただけで省エネなどできない。なぜセンサを入れると省エネ10%できるのかとよく指摘を受けました。確かにその通りです。しかし、一方でダイエットの基本が毎日同じタイミングで体重計に乗ること・記録することであることはある意味周知の事実であり、電力もデータをとって見れば、省エネアクションにつながるであろうこともまた予測の範囲です。実際10店舗規模での実験では見事に省エネが進みました。が、どうすれば省エネになるかがわかってしまうと、実際にはもうデータを見る必要が無くなります。もうモニタリングシステムは必要無いのでしょうか?いや、次の段階はAIの出番です。人がデータを見てもわからない増エネ要因を見つけるのはやはりある種のAIが必要そうです。さらに、この電流モニタリングは、店員のアクションを間接的にある程度モニターできること、機器の健全性をモニタリングできることもわかっています。そういう用途に使うことも考えた場合、センサ端末やネットワークはどうあるべきかを再び考えるのもこういう技術を普及させる上で重要なことだと考えています。
7.健康とバーベキュー
私(高松)は、やはりMEMSの研究室の出身なのですが、学生の時から機能性の有機材料を使ったMEMSに着目して、(10年以上前から)ユニークな方法で今流行のフレキシブルとかウェアラブルデバイスの研究をやってきました。
それは、まず配線やセンサを糸に加工して、機能性の糸織って布にする方法です。はじめは、手作業で糸を作り織っていました。糸は、導電性ポリマーという有機材料を塗ってドラフト内に干して電極にしていました。糸を手芸で使う手織り機で縦糸、緯糸にして織り込んでハンカチ型タッチパネルを試作しました。こう書くと簡単にできそうですが、10cm角の布を0.4 mm間隔で糸を入れようとすると縦糸250本、横糸250本と500本もの糸を作って、手織り機に仕掛け、横糸に横入れしなければなりません。そのため、ハンカチぐらいのタッチパネルを織るのに2週間かかり、時間がたつにつれ本人がイライラしてきます。そのため、織っている間は絶対に実験室の扉を開けてはいけませんという「鶴の恩返し」のような研究を行っていました。このような問題を、研究所に来ていた様々な企業や研究機関の研究者との交流(講演会とその後のバーベキュー会)の中でヒントを見つけ異分野融合で解決していきました。糸に電極を塗る工程は、光ファイバーの製造過程をヒントに企業から来ていた研究者とコーティング装置を開発することで自動化に成功しました。また、繊維産地の研究者の協力で、機能性糸を織る自動織機を開発することで何メートルもの大きなタッチパネルを試作できるようになりました。一人で行っていては、ハンカチ位の小さな原理検証レベルのものが、メートル級大面積で実用的なものまで進歩しました。
私は、異分野融合とはまさにバーベキュー会のようなものだと思っています。さまざまな人が集まって、材料を買ってきたり、バーキューコンロ準備したり、火起こしをしたり、それぞれの人が得意な役割をはたして、最後においしい肉という研究成果をみんなで得るものです。